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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)17137号 判決

原告

社団法人日本競輪選手会

右代表者理事

片折行

右訴訟代理人弁護士

岡田久枝

岡田宰

長嶋憲一

米津稜威雄

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

吉原歓吉

右指定代理人

西道隆

外二名

主文

一  原告の第一次請求は、訴えを却下する。

二  原告の第二次請求を棄却する。

三  原告の第三次請求は、訴えを却下する。

四  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (第一次請求)

被告は、原告に対し、金一〇億円及びこれに対する昭和六三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (第二次請求)

被告は、原告に対し、金五億四四三五万五六九九円及びこれに対する昭和六三年一二月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (第三次請求)

被告は、被告が原告に対し金五億四四三五万五六九九円を支払うとの議案を東京都議会に提出せよ。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  第1項又は第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  (本案前の答弁)

原告の第一次請求及び第三次請求は、いずれも却下する。

2  (本案の答弁)

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  第一次請求関係

1  請求原因

(一) 被告は、昭和二四年から、自転車競技法等に基づいて都営競輪事業を施行してきたものであるが、開催日数削減などの段階的措置を経て、昭和四八年三月三一日をもって、競輪を含む都営競走事業を廃止した(以下」本件廃止措置」という。)。

(二) 債務不履行

競輪選手は、日本自転車振興会(以下「振興会」という。)に選手登録することにより競輪に出場する資格を取得し、施行者の依頼による振興会の斡旋に従って出場の申し込みをするだけで出場できることになる。すなわち、競輪選手が振興会に選手登録をすることにより、施行者と競輪選手の間に競輪出場の継続的契約が締結される。

本件においては、昭和四五年四月一日から同五〇年三月三一日までの間に、振興会に選手登録した各競輪選手(競輪選手全体を以下「競輪選手総体」という。)は、それぞれ、右振興会に選手登録した日に、振興会の斡旋に応じて出場を申し込めば被告の施行する競輪に出場できるという内容の継続的出場契約を、被告との間で締結したというべきである。

しかるに、被告は、本件廃止措置をとり、競輪選手総体に対する右継続的出場契約上の債務を履行しなかった。

(三) 損失補償

競輪選手総体は、被告の本件廃止措置という公権力の行使により、獲得すべき賞金を逸失するという特別な犠牲を強いられた。したがって、被告は、競輪選手総体に対し、憲法二九条三項に基づき、右損害について、正当な補償をする義務を有する。

また、仮に被告の本件廃止措置が公権力の行使に当たらないとしても、本件廃止措置が地方公共団体の公益目的を達成するために、競輪選手総体という一部の者の特別の犠牲の上に行われたものである以上、その損失は公共団体の構成員全体が等しく負担すべきものであるから、被告は、競輪選手総体に対し、本件廃止措置により被った損失について、正当な補償をする義務を有する。

(四) 損害又は損失

競輪選手の賞金は、昭和四八年までは、中央登録競輪選手制度改善委員会において、三年ごとに賞金総額を決める定額制を採用していたので、同四八年度において、同年における賞金表に従って普通競輪を七二日開催すれば、三億〇五三〇万四九六〇円の賞金が競輪選手総体に配分されたことになる。

また、昭和四九年以降、競輪選手の賞金は、定率賞金制により、前々年度の全国車券売上額の2.87パーセントとされた。したがって、後楽園競輪が開催されていれば、同競輪による前々年度の全国車券売上額の2.87パーセントが、全国の競輪賞金の中に組入れられ、選手に配分されるはずであった。したがって、同四七年に後楽園競輪が七二日開催された場合の推定車券売上額が五〇〇億六七二〇万一六〇〇円であるから、その後の物価上昇をも考慮すれば、同四九年以降後楽園競輪が実施されていれば競輪選手総体に配分されたはずの推定賞金額は、毎年一四億三六九二万八七〇〇円を下らない。

(五) 原告の当事者適格について

原告は、本件廃止措置により競輪選手総体に生じた損害又は損失を請求する訴訟について、本来の権利義務の帰属主体である競輪選手総体から訴訟追行権を授権されて訴訟を行うものであり、いわゆる任意的訴訟担当である。

ところで、任意的訴訟担当については、民事訴訟法が訴訟代理人を原則として弁護士に限り、また、信託法一一条が訴訟信託を禁じている趣旨に照らし、一般に無制限に許容することはできないが、当該訴訟信託がこのような制限を回避、潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要がある場合には、許容されるものと解される。

原告は、競輪選手の適正な出場条件を確保し、その地位の向上を図るために結成された社団法人であり、競輪選手全員が加盟している実質上の強制加入団体であり、従来より被告を含む各競輪事業主催者との間で、選手の待遇や賞金の配分等について、各選手から委任を受けた上で、自己の名において交渉や合意をしてきた。そして、原告は、本件廃止措置についても、解決のために交渉する権限を各競輪選手から付与された。右権限の付与は、原告が原告の支部長会において、各支部長に対し、被告との訴訟も辞さないこと、その場合には原告が当事者になることを各選手に周知させた上で、委任状の徴収を依頼し、各選手がその趣旨で委任状を提出することにより行われたのであるから、原告は、本件廃止措置に関して、競輪選手総体から、被告との交渉権限とともに、訴訟行為をする権限も付与されたというべきである。

また、本件の場合、競輪選手総体と原告との関係は前述のとおりであるから、原告に任意的訴訟担当を認めることにより、弁護士代理の原則及び信託法一一条の趣旨を潜脱するおそれはない。さらに、原告が競輪選手総体から本件廃止措置に関して、訴訟追行権のみならず実体法上の財産管理権も授与されていること、競輪選手総体が四〇〇〇名以上に及び、原告を当事者として訴訟を追行する必要性があることから、原告を任意的訴訟担当とすることが合理的である。

したがって、原告は、本件廃止措置に伴う競輪選手総体の損害賠償及び損失補償につき、任意的訴訟担当として当事者適格を有する。

(六) よって、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償金又は損失補償金のうち、一〇億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実は否認する。

原告と全国競輪施行者協議会が、昭和四七年五月一八日付で制定した「競輪選手の出場に関する約款」により、競輪施行者と競輪選手は、競輪の開催ごとに出場契約を締結することとされており、開催満了により施行者の保護管理を離れたときに契約関係は終了する。競輪施行者と競輪選手の間に、継続的な出場に関する契約は存在しない。

(三) 同(三)の事実は否認する。

競輪事業は、施行者である被告が、主として財政的な理由から政策的、裁量的判断によって行う事業であり、競輪選手の利益を直接図るための事業ではない。したがって、本件廃止措置は公権力の行使には当たらず、これによって競輪選手に特別な犠牲を強いたことにもならない。また、競輪事業の廃止は、財産権を公のために用いる場合にも当たらない。さらに、競輪の賞金は、振興会の斡旋を受け、出場契約を締結し、出走して入賞した場合に獲得できるものにすぎないのであり、このような不確定要素を持つ競輪の賞金を、憲法二九条にいう財産権ととらえることはできない。

被告が講じた本件廃止措置に伴う補償措置は、損害賠償、損失補償のいずれにも当たらない、いわば行政的配慮としての施策にすぎない。

(四) 同(四)の事実のうち、後楽園競輪について、昭和四八年度に定額で計算される賞金が支払われるはずであったことは認め、その他の事実は知らない。

(五) 本件廃止措置について、競輪選手総体が被った損害又は損失に対する賠償又補償の請求につき、原告が任意的訴訟担当として当事者適格を有するとの主張は争う。

仮に、第三者が被担当者から授権を受けて訴訟追行権を主張するような事案について、一定の要件の下で任意的訴訟担当が許容されるとしても、その基礎として、法律関係の主体から訴訟追行に関して授権がされていることが必要である。しかし、本件の場合、原告は、競輪選手総体から訴訟追行権を授権されていないから、任意的訴訟担当は許容されない。

(六) 同(六)は争う。

二  第二次請求及び第三次請求関係

1  請求原因

(一) 第一次請求の請求要因(一)と同じ

(二) 被告の確約履行義務

(1) 被告は、都営競走事業の削減及び廃止に当たり、関係各団体及び個人に補償をすることとしたが、競輪選手個人への補償については、個々の参加選手を特定して予想賞金額を計算して補償することが不可能であることから、競輪選手に対する補償措置について、原告を折衝及び補償措置の相手方に選んだ。

(2) 被告は、昭和四五年、原告を含む各競走事業関係者及び関係団体に対して、競走事業の廃止に先立つ削減への協力を要請した上、右削減に伴う補償措置の基準額を、施行者からの通常得べかりし賞金と先頭又はハンディ賞金の合計額の一定割合とする旨提示した。

(3) さらに、被告は原告に対し、昭和四七年、第三次廃止対策案において、競輪事業廃止の解決金として、賞金の六割に相当する金額の二年分及びその二割相当額を原告に支払うことを提示した。

(4) このように、被告は、原告を相手方として、競輪事業の削減及び廃止に対する補償を行うことを明言し、かつ、金額を特定し得べき基準を示したのであるから、被告は、原告に対し、補償措置を行う旨確約をしたものというべきである。そして、このような確約は、被告自身に対して拘束力を有するものというべきであるから、被告は、右確約を撤回することが許されず、将来にわたり原告に対して右確約を履行する義務を負う。

(三) 行政庁の自己拘束の法理による責任

一般に、権力行政はもとより給付行政の分野においても、行政庁の裁量権の行使は、平等原則に違背してはならないという制約を受け、行政庁が同種事案について既に第三者に対してある決定をした場合、行政庁は、自ら右決定の内容に拘束され、これと同内容の決定を相手方にしなければならない。

そして、被告は、本件廃止措置を行うに当たり、原告以外の競走事業関係団体に対して(二)記載の基準による補償措置を講じている以上、右措置の内容に拘束され、原告に対しても、同様の基準による措置を講じなければならない。

(四) 被告が原告に支払うべき金額

(1) 都営競輪の削減措置に伴う補償額

(ア) 昭和四五年度の逸失賞金額 二八九一万五二〇〇円

(例年七二日開催のところ九日削減、一開催日当たりの賞金が三二一万二八〇〇円)

(イ) 昭和四六年度の逸失賞金額 三七八三万〇七六二円

(例年七二日開催のところ九日削減、四二〇万三四一八円)

(ウ) 昭和四八年度の逸失賞金額 三七九七万〇五九五円

(削減予定九日、一開催日当たりの賞金が四二一万八九五五円)

以上合計 一億〇四七一万六五五七円

(2) 廃止措置に伴う補償額 四億三九六三万九一四二円

(昭和四八及び四九年度における想定年間賞金額三億〇五三〇万四九二〇円の六割に相当する金額の二年分とその二割に相当する額の解決金とを合計した額)

(五) 仮に、地方自治法上都議会の議決がない限り、予算措置がとれないために、行政上の確約又は行政の自己拘束の法理に基づく支払が不可能であるとしても、被告には、行政上の確約又は自己拘束の法理に基づき、原告に対して五億四四三五万五六九九円を支払うとの議案を都議会に提出すべき義務がある。

(六) よって、原告は、被告に対し、第一次請求が認められないときは、行政上の確約又は自己拘束の法理に基づく支払義務の履行として五億四四三五万五六九九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一二月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、右請求も認められないときは、被告が原告に対し右五億四四三五万五六九九円を支払うとの議案を、東京都議会に提出することを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める

(二) 同(二)の事実のうち、(1)及び(2)の事実は認め、(3)の事実は否認する。(4)の事実は否認し、行政上の確約につき、被告に対する拘束力が認められ、将来にわたりその履行をする義務を負うという主張については争う。

被告は、競輪開催の削減計画について、原告が協議に応ずる場合には、一定の金員を措置すべく提案しようと内部的に措置金額を算定していたが、原告が協議に応じなかったため、削減計画を提示するに至らなかった。また、競輪の完全廃止に基づく措置については、原告側が当初から協議を拒否したため、原告に提示した事実はない。したがって、原告と被告の間において、確約がされた事実はない。

さらに、地方公共団体における経費の支出は、地方自治法二三二条の三により、議会の議決にその根拠がなければならず、被告が議会の議決なくして、支出の負担を適宜一方的に確約するようなことはあり得ない。

(三) 同(三)前段の主張は争う。後段記載の事実のうち、被告が原告以外の競走事業関係各団体に対して、措置費を支払ったことは認め、行政上の自己拘束の法理の主張については争う。

行政権の裁量権の行使に、平等原則による限界があるとしても、すべての場合に行政官庁が既に第三者に対して決定した内容と同様の決定を相手方にしなければならないわけではなく、本件のように、相手方である原告が一切の協議を拒否した場合にまでこのような制約が当てはまるものではない。

(四) 同(四)の事実のうち、開催日数及び削減日数の点については認め、その他の事実は知らない。

(五) 同(五)の主張は争う。

(六) 同(六)は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一第一次請求について

まず、原告が任意的訴訟担当として当事者適格を有するか否かについて判断する。

1  民事訴訟は、その帰趨により実体法上の権利義務の得喪や変更及びその有無の確定をもたらすものであり、その追行は、実体法上の権利義務の主体となる者の意思にゆだねられるべきであるから、当事者適格を有する者は、原則として実体法上の権利義務の主体となる者に限られる。ただ、弁護士代理の原則を回避し、又は訴訟信託の制限を潜脱するおそれがなく、かつ、合理的必要性がある場合には、任意的訴訟担当が許されると解されるが、実体法上の権利義務の主体となる者以外の第三者が、その法律関係に関する訴訟につき任意的訴訟担当として当事者適格を認められるためには、実体法上の権利義務の主体となる者の意思により、訴訟追行の権限を授けられていることが必要である。

2  そこで、競輪選手総体が被った損害の賠償又は損失の補償の請求につき、競輪選手総体から原告に対し、訴訟追行権が授権されたかどうかについて判断する。

原告は、昭和四五年から同四八年までの各年において、その構成員である競輪選手全員から、本件廃止措置に関し、被告との訴訟を提起、追行する権限をも含めて、一切の交渉権限につき委任を受けていた旨主張する。そして、右主張に沿う証人中原保及び原告代表者の供述がある。

しかし、〈書証番号略〉、証人中原保及び目黒俊一の証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告の執行部(原告の実質的な意思決定及び運営に携わっている理事長以下の役員)は、競輪事業に関して個々の対外的な問題が生じた際、原告が選手全員から交渉権限の一任を受けて交渉できるよう、原告に対する交渉権限の委任状を全競輪選手に呼び掛けて徴収してきた。そして、原告は、被告から都営競輪事業廃止の意向が発表された後、昭和四五年から四八年までの各年において、都営競輪事業廃止問題に関し、同様の方法により、当時の競輪選手のほとんど全員から委任状を受け、「東京都営競輪廃止に関する各種事項につき関係機関へ要求、申入れをなし、各種事項の解決のため交渉をなす権限」を委任された。

(二)  また、原告の総会においては、被告の競輪事業廃止の方針に対して、廃止を受け入れた上で補償金を受け取るべきであるといった意見も一部にはあったが、廃止反対の意見も強く、結局どのように対応するかという点も含めて、原告執行部に交渉等を一任することが、昭和四五年三月から同年四月にかけて議決された。その結果、原告は、廃止反対の態度をとり、被告の補償金支払の申出には応じないことになった。

(三)  前記各委任状が競輪選手から原告に対して提出された当時、原告執行部から、競輪選手に対し、委任状を徴収する趣旨について、本件廃止措置に関する競輪選手側の対応として被告に対して訴訟を提起することがあり得るという説明はなく、前記各委任状にも、訴訟提起に関する権限を委任する趣旨の記載はなかった。また、原告の総会においても、都営競輪廃止への対応に関連して、被告に対して補償金を取得するために訴訟を提起するという話は出なかった。

(四)  そのころ、被告の側では、原告に対し、競輪事業廃止の受入れとその補償措置に関する交渉を要請し続けていた。このため、原告は、これに応じれば裁判によらなくても補償金を取得できる状況にあった。しかし、当時の原告執行部は、都営競輪事業の廃止に一貫して反対していた。

(五)  原告は、被告が後楽園競輪を廃止した昭和四八年以降も、後楽園競輪の再開が可能であると考え、補償措置に応じない方針を改めなかった。しかし、昭和六〇年に後楽園の競輪場が東京ドーム建設の目的で取壊されたことや、東京ドームに競輪のバンクが設置されていたにもかかわらず、鈴木都知事が都営競輪を再開させない旨発言したことから、原告は、後楽園競輪の再開が不可能であると判断し、昭和六三年に至って初めて訴訟を提起するという方針を打ち出した。

3  以上の事実に基づいて、訴訟追行権の授与の有無について判断する。

原告は、昭和四五年から同四八年まで、当時の競輪選手ほぼ全員から直接委任状を受けて、都営競輪事業廃止問題に関する被告との一切の交渉を委任されている。しかし、右委任状提出当時は、原告総会等において、都営競輪事業が廃止されたときに補償金等を取得するために、被告に対して訴訟を提起するといった話はなかったのであり、右各委任状により競輪選手から原告に委任されたのは、右委任状に記載されているとおり、競輪事業廃止問題についての要求、交渉権限にとどまるものであって、競輪選手個人の損害賠償請求権や損失補償請求権について、原告が自己の名で訴訟を行う権限をも含むものとは認めることができない。

したがって、原告に提出された各委任状をもって、原告に訴訟追行権が授与されたとの事実を認めることはできない。

4 また、本件廃止措置に関する関係各団体との交渉等につき原告執行部に一任するという原告の総会決議をもって、被告に対する訴訟追行権限を原告に授与した趣旨と理解することはできず、他に競輪選手総体から原告に訴訟追行権を授与したことを認めるに足りる証拠はない。

5 したがって、競輪選手総体が被った損害賠償又は損失補償の請求について、原告に任意的訴訟担当による当事者適格を認めることはできないから、被告の競輪選手総体に対する責任に基づく原告の第一次請求は、不適法といわざるを得ない。

二第二次請求について

1  請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、被告の原告に対する、行政上の確約に基づく金銭の支払義務の有無(請求原因(二))について判断する。

(一)  まず、原告の主張の当否を判断する前提として、被告が本件廃止措置に関して関係各団体に対して行った補償措置の性格及び実施方法について検討する。

〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告は、都営競走事業の廃止に伴って、公営競技関係各団体との協議に基づき、補償措置を実施した。右補償措置は、東京都競走事業廃止対策本部(以下「対策本部」という。)が立案した廃止対策案に従って行われ、措置の相手方が本件廃止措置に協力することを前提とした交渉を経て、被告の最終的に提示した内容を了承した場合に、初めて被告とその相手方との間で、補償措置に関する協定が成立する。

(2) 右協定を成立させること自体については、被告議会の議決は不要であるが、地方公共団体における経費の支出には議会の議決を要するから(地方自治法二三二条の三)、協定に従った支出をするには、被告議会の議決が必要である。被告は、昭和四五年に株式会社京王閣との間に協定書を交わして以降、すべての協定書にその旨を明記してきた。

したがって、被告の競走事業廃止に伴う補償措置は、特定の法律にその根拠を有するものではなく、被告の内部準則にのっとってなされたものにすぎず、本来相手方がこれを了解した段階において、初めて協定として被告と相手方とを拘束するものとなるのであり、しかも、その支出には、被告議会の議決を必要とする性質、内容のものであったということができる。

(二)  次に、原告、被告間における本件廃止措置に伴う補償措置に関する交渉経過について検討する。

被告が都営競輪の削減及び廃止に当たり、原告を補償措置に関する折衝及び措置自体の相手方として選んだことは、当事者間に争いがない。また、〈書証番号略〉、証人中原保及び同目黒俊一の証言並びに原告代表者本人尋問の結果を総合すれば、本件廃止措置に関し、原告、被告間に次のような交渉経過があったとの事実が認められる。

(1) 昭和四四年一月二四日の美濃部都知事による公営ギャンブル廃止声明を受けて、審議会が設置された。審議会は、同年一二月一二日、本件廃止措置に関して、同四五年度から三年以内に段階的に都営競走事業等を廃止すること、廃止によって生ずる右事業の関係従業員の就業場所の確保、関係各団体への補償等について、十分な措置を講ずることなどを内容とした答申を決定して、都知事に上申した。

(2) 被告は、右答申に従って昭和四五年度から開催日を削減することにして、削減措置について原告との交渉を開始した同年五月一八日、被告対策本部長は、原告に対して、都営競輪開催の削減に対する協力金として、普通賞金、先頭賞金の六〇パーセントを補償する旨提示をした。しかし、原告は、競輪開催削減に反対であり、補償金を受け取ることをも考えていないとして、折衝に応じなかった。

(3) 昭和四五年八月二五日、被告は、各競走事業関係者に対し、文書により開催削減措置に関する協議を要請した。しかし、原告は、被告の開催削減及び廃止に反対して、右通知の受領を拒否し、開催削減措置に関する折衝に応じなかった。

(4) 都営競走事業の廃止に関する関係各団体との交渉は昭和四五年から行われ、原告以外のすべての関連団体及び関連業者との間で、同四八年五月までに補償措置についての協定が成立した。しかし、原告は、一貫して都営競輪の廃止に反対し、そのために補償措置を受けない方針を維持し、同四七年に至るまで、具体的な折衝は行われなかった。そして、同年四月二五日、磯村副知事が原告に対し、都営競走事業を同四八年三月末日限り廃止する旨通知したところ、原告は、被告による一方的廃止は信義に反するとして抗議した。その後原告は、美濃部都知事をはじめ各関係者と会談し、都営競走事業廃止問題について、後楽園競輪の存続や肩代り開催等の活路を見出そうとしたが、結局適わず、同四七年一〇月二四日の緊急理事会において、後楽園競輪への出場拒否を決定した。

(5) 昭和四七年一一月二日、被告の財務局長は、原告と会談した際、営業廃止措置として、金賞の六割の額を二年分、更に解決金として右措置費の二割を支払う案を原告に示した上、補償に関する協議をして欲しい旨要請した。しかし、原告は、被告側の要請を拒否した。以後原告は、このような態度を変えず、後楽園競輪は中止され、翌四八年三月三一日をもって完全廃止となった。

(6) 後楽園競輪の完全廃止後も、被告は、原告に補償措置費等を受け取ってもらうべく折衝を継続しようとした。しかし、昭和四八年四月以降も、原告は、被告の再三の申入れにもかかわらず、協議自体を拒否した。そこで、被告は、同年八月二八日、知事名で「東京都営競走事業の廃止について」と題する文書を原告に手交し、原告が措置費受領拒否の方針を変更しないため、原告との話合いを終了させる旨通知した上、対策本部を解散し、補償措置の財源であった競走事業廃止対策基金の残額を東京都用地会計に繰り入れた。なお、原告は、右文書を被告に返送し、本件廃止措置に関する原告、被告間の交渉は終了した。

(7) その後、原告、被告間には、補償措置に関する交渉はなかったが、昭和六〇年に至り、後楽園競輪場が東京ドーム建設のため取り壊されるに及んで、後楽園競輪が再開困難と考えた原告は、翌年三月二〇日、被告に対し、交渉を再開したい旨の意思を表明した。さらに、同六三年、原告は、鈴木都知事が東京ドーム競輪施設での都営競輪再開を否定する旨の発言をしたことから、都営競輪の再開が不可能になったと判断し、補償措置に関する交渉を申し入れた。しかし、被告がいずれも拒否したため、原告は、本件訴訟を提起するに至った。

(三)  以上の事実によれば、被告は、昭和四五年以降、都営競輪開催の削減及び本件廃止措置につき、原告に対しても、他の競走事業関係各団体と同様に、具体的な補償措置を講ずる用意があることを提示した上、競技開催日数の削減及び廃止に協力するよう要請してきたが、原告は、補償金支払の前提である都営競輪事業の削減及び廃止措置に対して反対の立場から協議を拒否し、被告が後楽園競輪の廃止後も補償金を支払って円満解決を図るべく協議を再三要請したにもかかわらずこれを拒絶したため、結局交渉が決裂したものということができる。

そして、被告による本件廃止措置等に伴う補償措置は、前述したように、本来競走事業関連各団体が被告の案を了承することにより協定として拘束力を生じるものであり、さらに実際の支払には議会の議決を要し、被告はその旨補償措置の相手方に周知させていたものであるところ、本件においては、補償の前提となる被告の削減及び廃止措置に関して、原告、被告間に合意が全くみられないのみならず、被告の再三の要請にもかかわらず、原告が被告の方針に反対し、交渉自体を拒絶したために、交渉が終了したものである。

そうすると、原告、被告間の本件廃止措置等に関する交渉過程において、原告が被告の提示した都営競輪の削減及び廃止措置に関する補償措置案を了承した事実はもとより、原告、被告間にそのような了承があったのと信義則上同視できるような関係が成立したとの事実も認められない。また、被告による補償措置の性格をも考慮すれば、被告から具体的な金額を示した補償案の提示がなされたことをもっても、被告に対する拘束力を肯定するに足りる約束がされたとの事実を認めることはできないというべきである。

以上によれば、行政上の確約を根拠とする原告の主張は、行政上の確約の法理を採用することの当否、その適用基準等について判断するまでもなく、その前提を欠くものとして、失当といわざるを得ない。

3  さらに、原告は、平等原則に基づく行政庁の自己拘束の法理により、被告は原告に対して、他の競走事業関連各団体と同様の基準による補償措置を行う義務があると主張する(請求原因(三))。

しかしながら、平等原則に基づくいわゆる自己拘束の法理が、行政庁の裁量権の行使を制約する一般的な根拠となるかどうか、また、本件補償措置のような法律上の規定に基づかない行政上の措置にまで当てはまるものであるかどうかの点はさておいても、後記のとおりの本件事実関係の下においては、原告が主張するような平等原則が働く余地はなく、原告の主張は、失当として排斥を免れないというべきである。

すなわち、被告は昭和四五年以降、原告をはじめとする競走事業関係各団体に対し、都営競走事業の廃止に協力することを前提として、同等の補償措置を講ずるべく交渉に当たっていたこと、これに対し、原告は、都営競輪廃止反対の方針から、廃止を前提とする補償措置を拒否し、被告が再三交渉を要請したにもかかわらず、交渉自体も拒否したため、被告が補償措置を採り得ないまま、現在まで一〇年以上が経過したこと、この間、昭和四八年に被告の対策本部が解散して、補償措置の財源であった競走事業廃止対策基金の残額が東京都用地会計に繰入られてしまったことは、前記2で認定したとおりである。

以上の事実によれば、本件補償措置を終了させたのは専ら原告の被告に対する対応方針に起因するものであり、その責はひとえに原告にあるというべきである。そうすると、本件補償措置のような法律の規定に基づかない行政上の措置について、右のような事実関係の下においては、たとえ被告が本件廃止措置当時他の関係各団体に対し補償措置を講じたとしても、本件補償措置が終了してから一〇年以上も経過した現在、被告が原告に対し、他の関係各団体についてと同様に補償措置を講じなければならないとの平等原則が働く余地は全くないものといわざるを得ない。

したがって、原告の自己拘束の法理の主張は採用できない。

三第三次請求について

原告の第三次請求は、被告に対し行政上の作為を求めるものであるが、地方自治法上被告に議案提出権が認められない以上、被告適格を欠く者を相手とした不適法な訴えであるといわざるを得ない。

四以上によれば、原告の第一次及び第三次請求は、不適法であるから訴えをいずれも却下し、第二次請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官秋山壽延 裁判官中西茂 裁判官森英明)

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